この観音は六観音や七観音としての石仏の中にもみられるが、主として独尊として造立されている。その造立目的は、ほとんどが牛馬、特に馬の供養と結びついたものである。この観音が畜生道に配されることとも無関係ではないだろうが、頭に戴く馬から連想して、馬の供養や無病息災を祈願して建てられている。時代が下るにしたがって特定の死馬の供養のために建てらるものもあらわれ、墓標的な意味をもつものも出現する。この観音は主として牛馬に関係ある人たちの講集団(例えば馬待中)や個人に信仰されて石仏が造立された。講中による建立の場合は、刻像が多く、文字塔も大型のものが多い。これに対して個人によって建てられたものは、自分で飼っていた馬というように特定の馬の供養を目的とした墓標的色彩の濃いものが多く、文字も概して小型である。建立場所は、死馬捨て場、峠や山道などの交通の難所、村はずれの追分、屋敷内などである。
年1回五月3日に赤飯等を供えてお参りしているという。
表面 馬頭観世音 裏面 明治三午年十月吉日
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