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民話とメディア

資料: 民話いろりばた考
(登録日: 2002/03/29 更新日: 2019/06/17)


前川道博

東北芸術工科大学・メディア環境研究室

生きた文化としての民話


「民話」を「文化」として捉える背景には、失われつつある民話を守ろう、記録に留めておこうという共通の危機意識があります。『民話いろりばた〜山形編〜』も、まさにその例外に漏れません。本来、民話は生活の一部、コミュニケーションの一形態として「生きられていた」文化であったわけです。家族がいろりばたを囲み、祖父の口から、親の口から自然に発せられるコンテンツ、その場と時間を共有することによって成立するコミュニケーションが民話の「生きていた」姿に他なりません。現在、私たちの関心の対象となる民話は、過去のものへと遷移した「民話」なのです。マルチメディアという強力な手段を手にしても、私たちは本来の民話を「生きられた」状態に保つことはできません。『民話いろりばた〜山形編〜』では、民話の語りの録音データ、ビデオデータなどを収録しましたが、これもその例外になるものではありません。民話のデータがこのように収録されると、あたかもそれが民話の実体であるかのように錯覚してしまうかもしれません。
 

ガリ版刷りの資料


「ガリ版刷り」、ある世代の方には懐かしい響きの言葉かもしれません。コピー機やワープロが普及する以前、ガリ版刷りは自らの情報を記録し人に伝えるための、おそらくは唯一の、そして安価な手段でした。長年に渡り民話の調査をしてこられた武田正さんの記録がガリ版刷りの資料として残されています。これらの資料の一部はその後出版され、あるいは民話研究書執筆の資料として参照されることにより、日本の民話研究に大きな力を発揮してきました。残念ながら、かつて数多く制作されたガリ版刷りの資料が図書館に収蔵されることは殆どなく、どのようなガリ版刷りの資料があったのか、またそれらがどこに残っているのかはわからなくなってしまいました。先人たちの知識の集積ともいえるこれらの資料を私たちが共有できないことが、文化的遺産の継承、地域文化の研究の大きな妨げになっています。

私たちは、ガリ版の原資料をできるだけ忠実にこのサイトにデジタル画像として収録しました。これらの貴重な資料をインターネットを通して、数多くの皆さんに伝承できることは、情報コーディネーターの私たちにとっては大変に思い意味があると考えています。原資料に数多くの人々が触れることができることが、これからの時代では文化の伝承・知識の共有という大きな可能性を拓くことになるからです。

ガリ版の手書き文字、紙の黄ばみからは、不思議なほどに研究当時の状況、制作者の思い・個性などが伝わってきます。歳月が経過したワラ半紙の独特な香りを皆さんにお伝えできないのが残念です。
 

録音テープ


民話が民俗学の対象となり、採話されてきた背景には、民俗学者・柳田国男の影響が大きかったものと思われます。これまで民話の記録には聞き書き(聞いたものを文字に記録する方法)という方法が多く用いられてきました。しかし「文字」によって、無形的な民話が記録できるかというと、それには限界がありました。本サイトに収録した『山形県の民話』録音データは、テープレコーダーを用いて無形的な語り手の肉声を記録したものです。音声を直接記録することにより、手書きによる記録よりも情報の生産性は高まり、その結果、非常に多くの民話の記録が可能になりました。同調査の録音テープには1,057話もの民話の語りが記録されています。民話がその土地の言葉を使ってどのように語られるのかは、その肉声に直接触れることができなければ確認することができません。語り手の肉声からは、その民話が伝承されてきた土地、家の状況がよく伝わってきます。時計のボンボンという音や、語り手が聞き手にお茶をすすめる言葉など、民話とは関係ないものまでが同時に記録されていて、その状況が妙なリアリティとして伝わってきます。
 

ビデオ


私たちは、民話の語りを記録する手段としてビデオを使うことができるようになりました。本サイトでは、南陽市夕鶴の里・民話ボランティアの皆さんによる語りを動画としても収録しました。夕鶴の里にて収録したものです。残念なことに、民話の伝承空間としての「いろりばた」はありません。民話の伝承空間、コミュニケーション空間としてのいろりばたの機能は現在は民話伝承館に継承されています。
 

その時代時代に求められる記録の機能


民話資料の集積・閲覧促進を目的とするこのWebサイト『民話いろりばた〜山形編〜』は、このように時代によって変遷した記録メディアを包括した新たなメディア空間ともなっています。ストリーミング技術の進化によって動画・音声データのインターネット環境での配信も現実的な選択肢となってきました。本サイトでは、Multimedia Mapping支援/生涯学習支援ツール「PopCorn」を全面適用することにより、情報リソース(ガリ版刷りなどの手書き資料、出版物、音声データ、動画データ)の全ては全て自動的にWebサイトに統合化されます。未来のメディア環境として大がかりに展開されようとしているバーチャルミュージアム、デジタルアーカイブの取り組みと同様のことが、学校や個人レベルでも「PopCorn」により実現できます。こうした可能性に着目し、本サイトでは誰もがこうした取り組みに参加できる可能性の試金石との意味を込めて制作してみました。
 

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