[ カテゴリ(倉賀野を訪ねる2013)へ戻る | ←← | →→ ] [ カテゴリ(倉賀野を訪ねる2013) | 地域(群馬県) | 記録日(2013/10) | 登録日(2018/01) ]
ミッチーのほぼ日記

[13/10/18]倉賀野駅

カテゴリ: 倉賀野を訪ねる2013 地域: 群馬県
(登録日: 2018/01/07 更新日: 2024/02/22)


→画像表示 [ Lサイズ ]
記録日: 2013/10/18

幕末から明治時代にかけて信州の生糸が横浜へどのようなルートで運ばれたか。そのルート群がまさに「日本シルクロード」です。その中で押さえるべき要衝地があります。それが倉賀野(くらがの)です。

倉賀野は中山道の宿の一つとして栄えました。栄えたもう一つの理由は信州と江戸・横浜を結ぶ物資輸送ルートの陸路から航路への接点であったということです。利根川の支流・烏川が倉賀野宿のすぐそばを流れています。その倉賀野河岸が鉄道が開通するまでの物資輸送の要衝地でした。

鉄道が通り、特に信越線が碓氷峠を通るようになってから、シルクロードは街道+舟運から鉄道へと完全にシフトします。この地域の物資輸送も鉄道へととってかわりました。倉賀野河岸がその後はJR高崎線の倉賀野駅に取って替わられたとみることもできます。
 

メディアクリップ

(14件)
01 [13/10/18]倉賀野駅 02 [13/10/18]倉賀野駅 03 [13/10/18]倉賀野駅 04 [13/10/18]倉賀野駅
05 [13/10/18]倉賀野駅 06 [13/10/18]倉賀野駅 07 [13/10/18]倉賀野駅 08 [13/10/18]倉賀野駅
09 [13/10/18]倉賀野駅 10 [13/10/18]倉賀野駅 11 [13/10/18]倉賀野駅 12 [13/10/18]倉賀野駅
13 [13/10/18]倉賀野駅 14 [13/10/18]倉賀野駅

[ カテゴリ(倉賀野を訪ねる2013)へ戻る | ←← | →→ ] [ カテゴリ(倉賀野を訪ねる2013) | 地域(群馬県) | 記録日(2013/10) | 登録日(2018/01) ]
[ ホーム| ]
[ LinkData『ミッチーのほぼ日記』データ一覧マップを見るRDF(Turtle)RSS1.0形式テーブルデータ(TEXT) ]
前川道博ホームへジャンプ