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長大前川ゼミ:地域の記憶

[12/04/30]上田城跡公園

地域: 上田
(登録日: 2014/10/04 更新日: 2019/05/21)

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記録日: 2012/04/00

真田神社看板説明

(1件)
01 真田神社看板説明


智恵の神社
眞田神社の由緒
 当社は戦国時代の天正11年(1583)上田にこの平城を築き城下町を造った真田父子を主神とし、江戸時代に民政を尽くした仙石・松平の歴代藩主を祭神とする、神社であります。
 殊に十数倍の大軍を二回に亘り撃退して日本一の智将と謳われた真田幸村の神霊は、今も智恵の神様として崇められています。
 眞田神社
 

平和の鐘看板説明

(1件)
01 平和の鐘看板説明


平和の鐘建設の由来
 時の鐘の歴史は延宝5年(1677年)原町問屋日記の文献に
より明らかにされているが或はそれ以前からか時を知らせる
鐘として上田城下の住民に親しまれて日常生活に欠かすこ
とができなかったと伝えられる。
 以来二百数十年の長い間正しい時を知らせ続けてきたが時代
の移り変りの中で大正14年この知らせはサイレンに代った。
また鐘の位置も幾度か変わり昭和9年に上田城跡のこの場
に落ち着いた。
 昭和18年大亜戦争が次第に悪化するにしたがい遂に軍
に徴発され時代とともに鳴り続けた「時の鐘」は姿を消して
ただ鐘楼のみが淋しく歴史を物語り風雪に耐えていた。
 この歴史的遺産をなんとか復元しようと市民の間に何度か
計画されたがその実現には至らなかった。しかしこのたび
昭和47年上田市自治会連合会にこの復元運動が起こり広く
全市民の協賛によってその名も「平和の鐘」と改め30年振りに
昔の姿に再現された。この鐘の鳴り響くかぎり再び悲惨な事の起
らないよう10万市民の平和の願いがこの鐘にこめられている。
昭和48年吉日
上田市
 

メディアクリップ

(17件)
01 真田神社 02 真田神社鳥居 03 真田神社説明板 04 北櫓付近の桜
05 西櫓@ 06 西櫓A 07 信州の花木園看板 08 ハナミズキ
09 ハナミズキ 10 ハナミズキ説明 11 れんぎょう 12 もくれん説明
13 もくれん 14 公園内の桜 15 公園内の桜 16 平和の鐘説明板
17 平和の鐘

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