平成17年NHKの大河ドラマ「義経」の人気により、奥州平泉など全国各地の源義経のゆかりの地が観光ブームとなっております。その義経を助け、源平合戦をともに生死をかけて戦った甲斐国(山梨県)の勇将がいたのをご存じでしょうか。 その勇将は、現在の山梨県山梨市を拠点とした甲斐源氏の有力な武将であり、遠江国を支配した安田義定公です。源平合戦では、義経と行動をともにし、大将格として平家追討に大きな功績をあげ、源頼朝の鎌倉幕府創建に大きな貢献をしたのです。しかし、その最期は義定の台頭を恐れた頼朝の猜疑心のために、親子ともども謀殺され、同じく頼朝により謀殺された義経と同じ無念の運命をたどったのでした。
郷里山梨では、同じ甲斐源氏の武田信玄の功績の陰にかくれて義定の功績はあまり知られることもなく、山梨市下井尻に遺された義定父子、主従の墓石も、県下有数の規模の大きさを誇りますが、今では地域でも忘れられた存在となっています。このため、NPO地域資料デジタル化研究会では、郷土の大切な記憶として関連事績をまとめることとしました。 (NPO地域資料デジタル化研究会デジタルアーカイブプロジェクト)
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