月山神社 御祭神は月読命、大山祇命。創立は嘉禄元年寒河江城主大江親広出羽官、幣社月山神社より分霊し建立。鎌倉幕府政所別当であり将軍源頼朝公の右腕として当代第一の実力者大江広元公の第一子広親公は承久の乱に於いて京都の朝廷方に加担し遂に敗れ出羽国村山郡吉川村に退隠し居住する事と相成った。その時、従ふ家臣の中に高橋四郎満明なる者あり随従す。その後下って嘉禄元年三月三日親広公家臣満明をして月山大権現の御分霊を勧請し壱社を創建し神田二千束刈十四石五升の地を寄進せらる。満明を以って祭主となせり。その後も高橋家代々奉仕したりしが明治維新後祀官を罷む。寒河江城主大江氏代々崇敬し又大江氏に代って吉川の地を領せし最上氏も社領元の如く黒印を持って附せらる。後徳川氏の時代に於いても社領元の如く朱印を持って附せらる。
月山神社 大正十一年十月建立 山形縣知事 森本泉吉
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